他人のための我慢は不要
今は良いかもしれないけど…
老後独りぼっちは寂しいよ。
寂しくないように結婚しておいた方が良い。
結婚に焦るアラサー時代
今にして思えば
結婚出来れば誰でも良いと
当時付き合ってると思っていた彼。
実際は、本命探しの間のつなぎ役だったw
一生懸命我慢してボロボロになった。
そのあとは
親友だと思っていた同性の友達に
これまた、都合よく使われて捨てられ
自分の見る目の無さを呪っている時期に
言われた言葉。
寂しさの為に何十年も自分を殺してまで我慢したくない。
あれからずいぶんと時間が経った。
今、1人で居ることに寂しさは感じない。
だけど、関わる人にとって
自分が捨て駒であることに気付いて
寂しさを感じている。
幼少期
好奇心旺盛で、思い立ったが吉日的な
スグ行動。
目標物しか見てないから
スグ迷子。
子供とはこうあるべき
という親の概念から外れまくった私は
当然、怒られる。
言う事を聞かせようと罰を与えられ
交換条件を良く出されていた。
私は、「生きる」ことにとても執着していた。
死ぬことがめちゃくちゃ怖かった。
だから、凄く辛くても自殺という選択肢が
怖くて選ぶことが出来なかった。
当時の望みは「消えたい」
そんな私の世界定義は「要らない子」
私は
要らない子なんだ。
存在価値が無いんだ。
と思い込んでいるから、そういう事が多発する。
同じ親に育てられても
定義は「要らない子」では無かった兄弟。
母だけでなく、力加減を知らない
リトル母という私も存在したのだから
辛さは、私以上だったかもしれない。
つまり、この定義すらも
自分で「これが良い」と選んでいる。
当時、それしか選択肢が無かった。
っと言いたいが、
それ以外を見なかったのは自分なのだ。
「だから、ダメだ」ではない。
幼少期は、その定義のおかげで
全てにやる気が起きず
どうせ、要らないもんね。
っと拗ね続けた結果
「過度な期待」を回避できた。
何しろ、テストは満点を取るために
試験は受かるためにある。
満点や合格は当たり前。
その上を目指せっ!!
っという教えに潰れそうだったからだ。
しかし、過度の期待が無くなったら
「要らない子」という定義も要らない。
なのに、定義だけはひたすら持ち続けるから
今度は、「要らない子」にする事象が起き始める。
私を使うまでは、友達ってそぶりを見せるけど
都合よく使い終わったら赤の他人です。
って感じの人ばかり。
だから、さらに定義は強固なものになる。
あぁ、やっぱり要らない子なんだ私。。。
友達も同僚も恋人も母親も
全部そう。
最初は、みんな親切なのに
だんだん
関わってやってる風な感じ
とか
面倒事を私に押し付ける感じ
だけど、期待しちゃう。
我慢していれば、
元の楽しかった頃に戻るかもしれない。
そうやって、0.0000001%を握りしめて
都合よく使われてきた。
私の場合は、
いきなりラスボス(母親)からだった。
どんなに想いをぶつけても
オマエの考え方がおかしい
オマエの感じ方がおかしい
オマエの感覚がおかしい。
とどめは、精神科を受診しろだった。
父に
「お母さんは病気なんだよ。
もうすぐいなくなっちゃうから
優しくしてあげなさい。
我慢しなさい。」
と言われていた。
なんてお人よしなんだと思っていたけど
認知症という究極の逃げ方をしたのが父だった。
過去の大好きだった母の面影を追って
しあわせそうだった。
父は、なんでも自分さえ我慢して丸く収まれば幸せ
という考えの人だった。
違和感を持ちつつも父が言うなら・・・
っと従った。
だけど、私は我慢が出来ない。
だから、父を更に追い詰めてしまった。
父が居なくなって
最後の話をした。
母は
「この歳になって、
なんで他人に気を使って生きなきゃいけないんだっ!
報連相(コミュニケーション)は取りたくない。」
この時にやっと気づいた。
古くなった実家を
自分の金を使わずに
なんとか新しくする方法として
私との同居を選んだ。
そして、要らない子定義の私だから
ぞんざいに扱っても問題ない。
母の中に1mmも私のスペースは無かった。
それを知った時の虚無感たるや。。。
私は、何十年も母に認められたくて
頑張ってきたのに母にとっては
固定費を払う口座でしかなかった。
母は、そんなこと言ってない。とか
ちゃんと言いました。という
水掛け論で諦めさせるというのが
常套句
なので、メール(LINE)または手紙以外
一切受け付けない
を徹底した。
どんなに罵詈雑言言われても
口頭では何も伝えない。
枕を母に見立てて滅多刺し
LINEで対応。
そうやって、『都合よく動く捨て駒』
という地位から抜け出した。
そして、今、
親子関係だけでなく
他人との人間関係でも
都合よく動く捨て駒
という地位から脱却しよう
っと腹をくくった。
遊ぶ相手が1人も居なくなるかもしれない。
それでも、「遊んでいただいてる」って感覚で
誰かと一緒にいるより
一人でMOMEDやってる方が断然有意義だ。
と
心の底から思えた。
私が私を取り戻し、本来の自分で生きる
第二章が始まる予感。