
自分にイチイチ聞くこと
自己否定・自分責め・他責などにまみれている時
自分を大切にするという意味が解らなかった。
自分に優しくするってことだよ
⇒それって甘えじゃない??
自分の気持ちを優先するってことだよ
⇒それって傍若無人で良いってこと?
自分の感情に許可を出すことだよ。
⇒でも常識的にそれは無理じゃん!
こういう解釈
つまり、
甘やかすことに許可が出てない。
わがままになることに許可が出ていない。
非常識に許可が出ていない。
HAPPYちゃんを見てても
彼女を女神的存在として崇めているから
気付けてない。
彼女は、意見をコロコロ変えるし
ギリギリまで連絡せず、
相手が限界突破じゃないけど
かなりギリギリの状態で行動しないと
出来ない期間であざとく依頼する。
これって、他人のこと考えてないし
自分のことだけとも視点を変えれば見える。
HAPPYちゃんは、そこに許可を出している。
私は傍若無人だと認識してる。
だから、
自分の直感でもっと良くなるって思い込んでるから
意見をコロコロ変えるし
直感が降りてこないからギリギリまで連絡しない。
この人じゃなきゃって直感が言うから
あざとく依頼し、相手は寝ないで
作成しなきゃならない状態になる。
思い込みって間違った思い込みはトラウマになるけど
ただの思い込みは、信念であり概念だから
当たり前にそうじゃん!!って思っているコトになる。
だから、私は自分を大切にする=許可だと思っている。
だけど、許可が出来ていないことが解っていない。
そうなると許可も難しい。
ってなると
「自分にイチイチ聞く」っていう事を頑張る。
自分の「好き」を傍に置く。
お腹が空いてるのか空いてないのか?
時間で当たり前のようにご飯を食べない。
仕事で、12:00~13:00の休憩で
ご飯を食べなきゃいけない場合。
今、お腹空いてるのか?空いてないのか?
空いてないけど、スケジュールの都合で食べる。
と認識すれば、朝ごはんの量なり時間なりを
変えることができる。
今日のごはんは何が食べたいのか?
蕎麦なのかうどんなのか
定食なのかパスタなのか
金額でメニューを選ばない。
もちろん。自分が食べたいものが
自分の予算に合わなくても
これが食べたいを認識する。
だけど、予算の都合上〇〇を食べる。
と認識することが大事。
今何がしたいのか?
トイレに行きたいと思ったら行く。
後回しにしない。
コールセンターに居た時
対応中にトイレに行きたくなった。
話の途中で調べて折り返しします。
っていう嘘を付いて
トイレに行ってスッキリしてから
対応したことがあります。
行けない理由を探さず、
行ける理由を探しましょう。
湯船に浸かった時の感覚
排泄した時の感覚
食べ物を食べた時の感覚
飲み物を飲んだ時の感覚
ルーティンでやってる事を
やりたくてやってるのか?
これは、認識するだけで良い。
なぜなら、認識してないから
好き嫌いが解らない。
許可が出来ない。
自分に優しくが理解できない
とつながっていくからです。
赤ちゃんの頃は、
これがイイ(好き)
これがイヤ(嫌い)
がハッキリしてました。
元々アイデンティティとして持っています。
だけど、大人の言動、行動、顔色、反応
そういったものを見て頭で判断する。
こうしていれば怒られない。
こうしていれば喜ばれる。
こうしていれば悲しい顔をされない。
好き嫌いを蔑ろにした過去が
今、解らないを作っています。
解るところから無意識を止める。
ちょっと意識することを思い出す。
部屋の温度
飲みたい飲み物
望んだものを得た時
どんな体感が起きてるか?
どんな感情が湧いてるか?
仕事の都合上
思考の都合上
望んだけど得られなかった時
どんな体感が起きてるか?
どんな感情が湧いてるか?
はじめの1歩は、正直面倒臭い
無意識に行動していて
喉がうるおせれば
炭酸だろうがコーヒーだろうが水だろうが
なんでも良いので、
近くにある液体を飲んでいた生活から
今、何が飲みたいのか?
イチイチ自分に聞かなければいけない。
12:00~13:00の間で昼食を食べるルーティン
片手にスマホを持って、値段で判断して
なんでもいいから口に入れる日々だったのに
お腹が空いてるのか?空いてないのか?
何が食べたいか?
イチイチ自分に聞かなきゃいけない。
そして、聞いたところで会社のルール上
お腹空いて無くても食べておかないと
後が困る。
さらに予算外なら却下される。
それでもイチイチ聞かなきゃいけない。
めちゃくちゃ面倒臭い。
面倒臭いってエゴキンマンの声です。
だって、自分を取り戻してしまうから
面倒臭いはやるべきことだと私は思っています。
その面倒臭いをやることで
アナタの好き嫌いがハッキリしてくる。
「好き」が解れば、
「好き」を得るための行動に変わってくる。
その繰り返しでフェーズが変わってくる。
あんなに生きづらかったのに
気付いたら楽しい事も見出せるようになっていた。
この「自分に聞く」って行為が
「自分に優しくする」の最初の1歩。
日常の当たり前を自分の「好き」で埋め尽くそう。
それが、自分に優しくすることの1歩目です。













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