望みが出ないってコトは…
2018年の6月にHAPPYちゃんという存在を知り
2018年の9月に実在する人なんだと知ったw
現実創造の始めの1歩は
望みを放つ事。
HAPPY理論を取り入れようとしてる人なら
全員知ってておかしくない
基本のキの字の一画目位当たり前の話。
私も望んできました。
父の介護を親子仲良くやりたい。
私だけの家が欲しい。
何でも自由に買えるだけのお金が欲しい。
一刻も早く母親が死ねばいいのに。
HAPPYちゃんのMOMEDに参加したい。
痩せて好みの服をカッコよく着こなしたい。
何一つ叶ってない。
望んでるのになぁ…
まぁ、現実そんなもんだよね。
ことごとく失敗して
ちょっと諦めかけてた。
ミカちゃんのMOMEDシェア会のあと
土日祝じゃないと行けない。
って話から
「平日も行ける」って望みなよ。
って言われた瞬間。
色々考えるより先に
「でも(仕事も好きだから)」
って出て来た。
でもの時点で、「でもじゃない。」
って遮られたんだけどw
無理って事じゃない。
どうしてもなら休みを取って行く。
だけど、元々やりたい仕事をしたくて
派遣を選んで、やりたい職種で働いているのね。
だから、明日から会社かぁ…って
気分が落ち込む事も無いの。
どちらかと言うと
ワクワク迄は行かないけど
楽しみではある。
その話をしたら
めちゃくちゃ驚かれて
尚且つ今在宅だし
在宅を望んだのか?!
っと聞かれたけど
コロナ禍
国から出勤停止命令が出るまで会社に来い
って言われてたから
在宅がイイって概念も無かった。
ただ、一緒に働く人ではなくて
管理してる人からの心象が悪くて
嫌な思い(クビ)は多かった。
なので、もっと自由に働きたいとは思ってた。
そしたら、
「ちゃんと望んでたんだね。」
っと言われた。
そっか、こういうのも望みか。
MOMEDで仲良くなったお友達にも
もっと【身近な望み】をと言われてた。
日常、こうがいいな。
って思う事がほとんど無くて
大きな望みばかり…
だけど、「もっと自由に働きたい」
こういうのでいいなら。
毎日MOMED体操を始めたら
入りたい時にお風呂に入れなくなった。
帰って来たタイミングで母が風呂場を占領する。
寝たい時間に間に合わない。
しょうがないから朝入ったり、休憩時間に入ったり。
コレが「嫌な事」だった。
『帰ったらスグお風呂に入れるといいな。』
今のところ叶ってるよ。
日曜日は遅かったから入れるだろうと思ってた。
だけど、月曜日も火曜日も
帰ってスグお風呂に入れて
ゆっくり出来た。
マグレじゃ無いよね?!
HAPPYちゃんが
いきなり大きい事じゃなくて
身近な小さい事から変えて行こう!
って言ってたのは、こういう事だったかっ!!!
ってようやく気付く。
都度都度、意図設定。
スグ忘れちゃうけど
1日に3回位はセット出来るようになって来た。
成功体験を増やして
大きな望みを叶えられるようになりたい。
HAPPY理論…
私的には例題が難しいの。
歳を考えてピンク着たいケド着れない
とか
やりたいケド世間の目が気になって出来ない
とかってのがほとんど無い。
サイズが無くて買えないとか着れない
はあるけど
世間の目もだから何?!
って感じなので
おデブちゃんなのに
Tシャツとショーパンで歩いてる。
蛍光黄緑のパーカーがお気に入りで
ウッカリ上から下まで緑
蛍光黄緑のキャップ
蛍光黄緑のパーカー
緑のハーフパンツ
蛍光黄緑の靴
緑のリュック
先輩に目が痛いって言われたコトもある。
だから
エゴキンマンがいないと思ってしまったり
エゴキンマンは本当に巧妙だな。
日常的(身近)な望みが出ない=操縦席を開け渡している
ってコトに気付けなかった。
私自身は、自分が操縦席に居ると思ってたけど
サイドカーに乗ってご満悦。
操縦してる気分になってただけだった。
望む事が創造の第一歩
ちゃんと望んでいこうと思う。