結局、【はじめの法則】ってこと
久しぶりにHAPPYちゃんの配信を聞きました。
なぜ、ノートを書くといいのか?
という話から、派生して
今ココ
について教えてくれました。
配信を聞いて、
私が解釈した話を書いているので
HAPPYちゃんの真意とは違うかもしれません。
私達は、いつも「今」に居ます。
過去を思い出して、
懐かしんだり、
後悔したりしてるのも
「今」
未来に想いを馳せて
夢を語ったり
希望を語り合うのも
「今」
そして、
未来でその夢が叶った時
叶ったねーと話しているのも
「今」
ってことで、「今」にしか
存在できない。
今が本名だとすると
過去と未来は、
あだ名だったりSNSネームだったり
つまり、月野うさぎが、
セーラームーンだったり
ムーンセレニティだったり
するようなもん。
別人じゃなくて同じ人。
そして、人は、その今が
常に居心地良くありたい。
イメージとして
心の自分と頭の自分が一緒に
今という場所(家)に住んでます。
だけど、頭の自分が
否定したり、罵倒したりする。
そうすると、心の自分は、
家に居たくない。外に出たい。
外で、気分良くしてもらえる場所を探す。
この状態が、承認欲求
だからね。
頭の自分と心の自分が
仲良くしていれば、
家が居心地良いから
外に、求めることが無くなる。
私は、実際、自分の時間と言うものが
一切ない状態で、仕事と介護と頑張りました。
けどね。
仕事に逃げてるとか
たいした介護もしてないクセに偉そうに
なんて言葉を投げられて
なんで、同居しちゃったんだろって
本当に悲しかった。
イライラして、
何も出来なくなった
父に当たった。
弱い者いじめ。
だから、父は、あっという間に
一気に進行した。
悔やんでも悔やみきれない。
その後、私は壊れた。
そんな私を父は、
存在してくれるという形で
見守ってくれた。
子供の頃のように
でも、結局完全ではなかった。
外に求めても、
自分の家に帰れない状態なので
気分が良くなっても
その場限りなのね。
ちゃんと家を居心地よくしないと
今という場所が居心地良くならない。
そして、家が居心地良ければ
外がどーであろうと問題ではない。
総ては自分次第
ノートは、自分に許可を出すツール
どんな願いも願って良いし
どんなことを思ってもOK
それを認識するためのツール
今までもかなり大胆なコト書いてたけど
もっともっと書いてこ❤