
花粉症と食養生のはなし
私は、骨折や、急激な痛みや高熱を伴うような
緊急のことは、迷わず西洋医学に
任せたほうがいいと思っている。
でも、アレルギーや自律神経の揺らぎのようなものは、
身体の土台から整えたい。
原点は、小学生の頃に参加した“南無道場”での体験だ。
薪を割り、マイ箸を作り、釜で飯を炊いた。
「食べる」とは、他の生命を取り込むこと。
それが、生きるということだと思っている。
いつも意識しているわけじゃない。
ふと、よぎる。
だけど、なくしたくない。
その循環に、合掌。
大人になってから、添加物や健康情報に振り回され、
「一切排除したい」と極端に振り切った時期もあった。
でも、調べれば調べるほど、
何にでも一長一短があると知った。
全振りすると、心も身体もリバウンドがくる。
だから今は、
極端にいかない。
固定しない。
私はこの在り方を、Tsunakoismと呼んでいる。
抽出された栄養素より、
自然の循環で生まれたものを選びたい。
すぐに何かが変わるわけじゃない。
でも、しばらく経った頃、
「あ、今は心地いい」と気づくことがある。
それでいいと思っている。
完璧は目指さない。
自炊に縛られて苦しくなるなら、本末転倒だ。
楽しむ日もある。
日常もある。
かつてはタバコも吸っていたし、
花粉症もひどかった。
若い頃は寝ないで遊び
浴びるほど飲んでいた
だから、どこかで「自業自得だよな」と思っていた。
でも、つらいものはつらい。
目尻は切れそうなほど痒く、
鼻は奥に湧水でもあるのかと思うほど止まらない。
くしゃみも止まらない。
一日中、身体に邪魔をされている感じで
本当にうっとうしかった。
今も完璧じゃない。
でも、自分なりの均衡を探るうちに
少しずつ変わってきた。
何が正解かを決めるのではなく
その時々で、身体が心地良いほうを選ぶ。
固定しない。
振り切らない。
責めない。
それが、Tsunakoismの食養生。
私はこれからも
私なりの均衡を探し続けていきたい。













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