
感情を出す→望む→緩む
たまに、オプチャの質問に答える。
本当に気が向いた時だけ。
私の感覚で依存では無いと感じ
目に入った質問にたまに答える。
今回は、やり取りの中で
「つなこは何をした??」という質問を頂いて
パッと答えたけど、その後に、体系化出来た。
これは、私のやり方。
全員に当てはまるとは思ってない。
でも。
流れ自体は、合ってると思う。
方法が、人それぞれなんじゃないかなと思っている。
だいたい困りごとってのは
自分の感情を押し込めているのが原因。
やりたくない。
とか
ネガティブな感情が湧いた時
とか
「大人なんだから、ココは冷静に落ち着いて大人な対応を」
とか
「これからも顔合わせなきゃいけないし・・・」
とか
私は、奥歯を噛みしめて
「・・・すいませんでした・・・」
心の中では、
(えっ!でも、前回こう言ったじゃん!!私悪くないっ!!)
ただし、私のラスボスは、母だったので、
長らく、母は上手くいなせなかったけど
会社の人間関係とかは、愚痴言いまくって
もっと〇〇だったら良いのに
こういう職場が良いなぁ
と望めていた。
だから、スグ首になるクセに
環境は、どんどん働きやすくなっていった。
だから、どんどん仕事に依存していった。
仕事は私を裏切らない。
仕事が出来るって幸せ位に思っていた。
しかし、とうとう母に対しての限界を迎えた。
もう、愚痴だけでは、どうしようも無かった。
そんなある日。
HAPPYちゃんが、『怒りだって当然出すよ。
相手に伝える時は、
「嫌です。止めてください。」とハッキリ伝える。
だけど、怒りの感情は、誰にも当てず、一人で出し切る。』
っていう感じの話をしてくれたんだよね。
それで、私は自分の部屋で、
枕を母に見立てて
2カ月位、ずーっと
毎晩、毎晩、滅多刺しにしていた。
長いよね。。。
今にして思えば、
親に殺意を抱くなんて非常識。
育てて貰った恩を忘れてはいけない。
長子たるもの親を看取るまでは寄り添わなければならない。
そういう常識という名の鎖でがんじがらめになって
ずーっと我慢していた。愚痴じゃ収まらない位に。
母本人に、罵詈雑言吐いたところで
弁論大会優勝者に勝てるわけもなく。
余計にストレスを溜め込んでいた。
だけど、本当に限界で、HAPPYちゃんの話を聴いて
脳内は自由って言葉で許可が降りたんだと思う。
スッキリしたら、殺意から「関わりたくない」に変わった。
でも、
視界に入るたびに普通にイライラする。
会社も母もやり方は違うけど流れは一緒なんだよね。
1⃣自分の感情をちゃんと出し切る。
2⃣本当は、どうだったら最高?の答えを出す。
3⃣癒される。
HAPPYちゃんの瞑想でもいいし、MOMEDでもいいし
私は、仕事の時は、
美味しいご飯を食べてシアワセ~💗
ってなってた。
母の時は、自分が夢中になれるもの探しで、
HAPPYちゃん界隈のワークショップにアチコチ参加して
終わった後のみんなでお茶するのがとても楽しかった。
どちらも、「ほげ~」状態。。。
つまりリラックス状態に入っていた。
やり方は、人それぞれ
1⃣については、
ノートに書きまくる人もいるし
海で叫ぶとかの人もいるし
とにかく、蓋をしないことが大事。
これ、今回質問して貰えなかったら出てこなかった。
自分の無意識サイクルだったから。
悩んでる人は、1⃣で我慢するか、
やったとしても2⃣に進めてない。
感情を出す(愚痴る)だけで終わってる。
徹底的に一人で出し切って、望もう。
そして、リラックスする。
それだけで、変わってくる。
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