
現実が動かなかった理由
私はこれまで、ずっと浮いていた。
いわゆるマイノリティ。
周りと違うことで、指摘されたり、叩かれたりする側。
だから自然と考えるようになった。
どうすれば、周りと同じになれるか。
「私も同じ」
そうやって合わせることで、生きてきた。
そんな中で、父だけは違った。
「女の子だから」といった見方は一切なくて、
ただ一人の人間として見ていた。
もちろん、酔い潰れたりすれば普通に怒られる。
でも、それでも。
父の前では、自分を作らなくてよかった。
だから、父のことが大好きだった。
その父が認知症になり、介護が必要になった。
長子だからやらなければいけない。
でもそれ以上に、
守ってもらってきたから、自分がやりたい。
そう思って、
2015年に土地を探し、
2016年に家を建てて、介護を始めた。
私の中では、
家族は、情報を共有して、
協力しながら仲良く暮らすものだった。
でも現実は違った。
母の独裁だった。
意見を言えば不機嫌になるか、否定される。
仕事以外の時間は、介護と家事に縛られる。
気を遣って動いても、
それすら気に入らないらしく、状況は悪化していった。
ある時、言われた。
「オマエが仕事に行っている間、なにもしてないんだから
土日くらいやりなさい」
それ以降、
土日の炊事はすべて私が担当することになった。
逃げ場はなかった。
完全に、従うしかない状態だと思っていた。
今思えば、かなり歪んでいたと思う。
2018年。
転機になったHAPPYちゃんとの出会いがあった。
HAPPY理論を学び始めて、
それまで当たり前だと思っていた我慢をやめた。
節約のために我慢すること。
毎日同じ弁当を食べること。
土日の炊事。
それだけで、少し生きやすくなった。
でも。
お金は増えなかった。
同じように学んでいるミカちゃんは、
収入がどんどん増えていく。
でも私は増えない。
何が違うのか分からないまま、
モヤモヤだけが残っていた。
2021年。
母父が亡くなり、母と二人で暮らすことになった。
「仲良く暮らしたい」
そう提案をした私に、母が放った決定的な一言。
「オマエに気を遣うくらいなら、一人の方がよっぽどマシ」
この瞬間、完全にシャッターを下ろした。
あぁ、この人とはもう無理だ。
怨み節に変わった気持ちは「関わらない」だった。
2023年。
ミカちゃんのMOMED「地球儀」で聞かれた。
「現実のお母さんは置いておいて、本当はどうなりたいの?」
答えられなかった。
怨みで塗りつぶされているから、理想なんて出てこない。
何度も「現実の話じゃない」と言われて、
ようやくその意味が頭に入ったとき、こぼれ落ちた言葉。
「本当は、母とも親友のような関係でいたい」
叶うはずのない望みを口にした瞬間、涙が出た。
「本当の望みって、否定されても変わらないんだ」
現実がどうあれ【自分はどうしたいのか】。
ようやくそこに立てた。
ここで全部が変わった。
…わけではない。
むしろここからが、
かなり泥臭い。
私はその後も普通に揺れた。
2026年、今。
周りの変化を見て、一瞬落ちた。
「自分は何も進んでいない」と。
でも、違った。
私はイライラや怨みのない世界を望み、それは叶っていた。
ただ、現実の変化を自分で止めていただけ。
私の中には、ずっと2つの基準がぶつかっていた。
「周りに合わせないと叩かれる」という古い自分と、
「否定されても、これがいい」というあの時立った場所。
変わった後も、無意識に
「私が間違っている」という前提で動いてしまい
自分の意見を後回しにしていた。
そこに気づいてから、行動が変わり始めた。
置いていかれるのが怖くて参加していたことも
今は「参加しない」を選べる。
例えばAMTRSのオーディション。
衣装での撮影は好き。
でもアイドルになりたいわけじゃない。
ダンスも、やってみて「見る方が好き」だと分かった。
違うと分かったものを、無理に続ける必要はなかった。
前なら知らない人に何か言われれば全部持っていかれていた。
でも今は、嫌なものは嫌だと言える。
確実に、私は変わっている。
「お金がない」という一点だけを見て
変わっていないことにしていただけ。
変わった部分を、自分で無視していただけだった。
ただ一つ、もう無視できないものがある。
お金。
私の理想は、
普通の大人が鼻で笑うような内容ばかり
杜の中の平屋の一戸建てとかね。
今も普通に揺れる。
でも、確実に、前とは違う場所に立っている。
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